どうするよ、これから

30代 独身 

古汚いアパートに住んでいる。この時期は引っ越しの季節なんだろう、ゴミ置き場に大量にゴミが捨てられていた。大家の方針なのか、入る人がいないのか・・・外国人が多い、というかほとんどだ。
久しくアパートの付近では日本語を聞いていない、以前住んでいたところも外国人が多かった。学生の時からそういうのが多く、はじめは何となく抵抗もあったが今は何ともない。
中には気のいい方もいるが、私の経験からすれば向こうの方が日本人を警戒している。まぁ、当たりまえのような気がするが・・・
中国やフィリピン、南米といった感じだ。以前は警察が来る事もあったそうだが私は見た事がない。ただ郵便受けには以前住んでいた外国の方のモノが届く事が度々あった。裁判所からというのもあったが、彼か彼女なのかはわからない。今は何をしてるのだろう?
みんな母国後+英語と少々の日本語だ。ネイティブではないので、英語の時は何となくだが言いたい事が伝わってくる。何より声が大きい。記憶にあるのは、広場でBBQをはじめた南米の人に中国人が、部屋に煙が入ったのか怒っているという、よそでやってくれよという事があった。彼らはもういない。
仕事は介護と工場の人だった。異国の地で仕事をする苦労は私にはわからないものだが、少なくとも私より日本国に貢献しているのは間違いないなと、いつも思っていた。

私は最近は外国人が家族で住むようなアパートを探している。同じ日本人の方が変に意識してしまう、劣等感だろうか。そう思うと外国人の方が気にしないし、なぜかやる気をもらえる気がする。
田舎だからだろうか、治安がどうのこうのは気にした事はない。・・・贅沢が当たり前になってるモンスターな日本人の方が怖い。
まぁ、たまたま場所がよかっただけだろうが・・・

引っ越す度に部屋のグレードが下がっていった。私はもうすぐ5回目の引っ越しだ。

記事を消したのでわかりにくいのだが、以前に、甥が就職する話を書いた事がある。3月になり近況を母が心配そうに話をしてきた。
てっきり、引っ越しの準備と自動車教習所にでも行ってるんだろうと思っていた。
しかし、話を聞くと何一つ上手くいかず、働くも勉強も嫌で引きこもってる状態らしい。そのせいで姉の精神状態が良くないらしく、それを心配した私の母がさらに悩み、自分のところへ話がきた。
普段冷静な姉の態度が普通ではなかったらしい。
私は甥の生活態度をよく知らなかった。当たり前だ。聞くと、中学生の時から学校に呼び出されたり、同級生の親に謝りに行く事が何回もあったみたいだ、要は迷惑な奴だ。高校の部活ではイジメられ、長続きせず友達もいなかったらしい。最近は家で泣き叫いてモノにあたり、暴力を振るうらしい。
卒業しいよいよ本格的なウンコ製造機になるようだ。
で、どうしたらいい?
って、、正直ここまでくると、軌道を修正するのは難しい、外部を頼るしか無いのだろうか。家族ではもう対応できないところのようだ。今は犯罪者にならないかだけが心配らしい。
子供を持つ事の大変さを聞かされているようだった。
今はもう妹だけが家族の希望のようになっている。益々劣等感を抱えそうだ。

私は何も言える事はない。選択肢をいくつか上げる事はできるが効果は薄いだろう。ただこのまま実家暮らしは危険だろうから家から出た方が本人、家族のためなのだがしかし、これができたら世の中の引きこもりの親は苦労しないだろう。
引きこもりが生活できてしまう水準にある実家持ちの人は難しいだろう。

しかし、今は一人暮らしをしてる自分でもきっかけ一つだとは思っている。


結局のところ、この部分が自分自身一番生きづらくしている。
自信がもてないのがその原因の一つではあるのは言うまでもないんだが、ここでもまた他人はどう対処していくんだろうかと気になってしまう。やはり他人と比べたり、その目を気にしている。
目を向けるべきは自分自身ではあるのだが、何度意識してもこの部分が一番難しい。
小さい頃から、みんなができる事が出来なかったと思う事が多い。
周りができて、自分にはできない事が多いと、ただ単に自信を持てと言われたところでどうにもならない。

自己啓発本の類というか、メンタルトレーニングの記事を見ると、小さな成功体験を積み重ねて自信をつけていくという方法がある。この手の事を真面目に取り組んでみたいと思い、自分なりにやってみた過去があった。
確かに小さな事はできる事が多くなった気がする。ただそれは、細かい事は省くが、例えば一人で自転車や車の運転ができるようになったとかそんなレベルであって、自分が望むような事を達成できる訳ではなかった。やはり、できない事ができるようになるには、それらと真剣に向き合わないとどうにもならないし、取り組んだからといってできるようになるとも限らないものに注力しなきゃならない。かなりメンタルがいる。やはり自分と向き合う瞬間だ。

最近自分が欲しいものは何だったんだと考える事がある。中々言葉ではっきりと表す事が出来ないものだけど、イメージとしては、小学生の頃いろんな事を習うと思う。例えば、、逆上がりや跳び箱だったり、泳ぎ方だったり、運動神経の話ではなくてね。要はだいたいの人がすぐできるように自分もできればいいのだ。器用な人間なんだろうか・・・ただ、特別な事はできなくてもよくて、ただ普通の人ができる事・・・その能力みたいなものだろうか。
何回もやってできるようになるのではなくて、普通のレベルでできるようになりたいのだ。自動車教習所に例えると、ストレートに行く人が9割くらいだとすれば、その9割に入りたいわけだ。
生涯独身の人が増えているらしいが、それでも現状結婚する人の方が多いわけだ。やはりもれなく自分は結婚したい人間ではある。

この手の話をすると、普通って何?と言われる事が多いが、はっきりとは説明できないんだけど、上の例の様な事だわな。仮にそれができてもどうなんだ?とか、つまらん人生だと思う人もいるだろうが、いつも何もできない人間は普通の事ができるようになるだけで、人生明るくなるもんだ。
ただ、すべてはないものねだりとも思うけどね。

病気をしていれば、健康な人に憧れる。そう考えると自分自身は治したいところだらけだが、特別病院にお世話になる事もない。また今は金銭的に追い込まれて、パンツが買えないわけでもない事を考えると恵まれてるのは間違いないか。








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